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10年目の香港

2018年12月21日 サラ・ヘラー(マスター・オブ・ワイン)

今年、香港は、ワインのタックスヘイブン及びアジアにおけるワイン貿易のハブとなってちょうど10年目を迎える。この10年間で実に多くの変化があった。香港は、今やロンドンやニューヨークを抜いて、世界におけるワインオークションの中心地となった。国民一人あたりのワイン輸入業者の数に関しては、世界で香港に並ぶ国は恐らくないだろう。とは言っても、現在香港ではワイン輸入業に免許が必要ではないため、この事実を立証するのは難しい。残念ながら、手頃な価格で手近にアクセスできるワインバーやワイン商店の数に関しては、いまだ供給不足だが、それさえも徐々に変わり始めている。

かつては、ボルドーワインが常にワイン市場を支配していたが、近年、市場はいくつかの新たな方向へと興味深い発展を遂げつつあると多くの業界人が口を揃えて言う。ザ・ファイン・ワイン・エクスペリエンスのリンデン・ウィルキー氏によると、これは、ワイン業界にとってあらゆる面で大きな前進であると言う。

高級ワイン市場

60歳以下の香港のワインコレクターがコレクションの対象に選ぶワインとして、ブルゴーニュが明らかにボルドーに取って代わった一方で、これまで他の選択肢に対する収集家の関心については、依然として隙間市場であった。

しかしながら、いくつかの排他的な社交界においては、ラインヘッセンのスター生産者ヴァイングート・ケラーのワインを始めとするグローセス・ゲヴェックス(特級畑)のドイツ産リースリングが、ブルゴーニュのグラン・クリュの高級白ワインと肩を並べるようになったとウィルキー氏は指摘する。

ピエモンテをはじめとするトスカーナの高級ワインも、かつて収集家の世界においては、いつまで経っても対象外でしかなかったが、近年、人気が高まりつつある。香港ワイン協会会長のローランド・ミュクシュ氏は、高級イタリアンワインの生産者によるマーケティング努力が、市場における将来の見通しとオークション価格の両面において成果をあげつつあると見ている。創業から36年目を迎える香港で最も古いこのワイン協会は、会員たちがとりわけ相当な熟成年を経たイタリアワインのテイスティングに従来よりも熱心な反応を示しつつあることに着目している。

ペニンシュラ・ホテル・グループのチーフ・ソムリエ、ボヤン・ラドゥロヴィチ氏は、得意顧客がアメリカのワイン、特に近年、より抑制の効いたアーシー(earthy)なスタイルへと転換を遂げつつあるカリフォルニア産のカベルネに興味を示していることに着目した。中国と米国の間の貿易問題は、どちらかと言えば、免税で購入できるナパのアイコンワインを目当てとするコレクターを香港へ呼び寄せているとASCファイン・ワインズの華南、香港、マカオのジェネラル・マネージャーを務めるジョナサン・マザー氏は言う。ラドゥルビチ氏は、自らのワインの裾野を広げることに対する興味関心が得意顧客の間でますまる高まりつつあると見ている。バイ・ザ・グラスでのワイン需要(―この都市における殆どのワインの催しでまだ十分に活用されていない領域ではあるが―)は、よりプレミアムなワイン需要へと急速に移行しつつある。それゆえ、ラドゥルビチ氏は、様々なワインをより頻繁に幅広く楽しむことを可能にしてくれるコラヴァン(コルクを抜かずボトルの中のワインを注ぐことができる器具)を高く評価している。

この一見して急速な多様化の物語に身を任せることは魅惑的だが、より現実的な意見もある。「我々の顧客基盤は、非常に安定した選好意識に基づいている」とクイテセンシャリー・ワインズのワイン・スペシャリストを務めるヒューゴ・プーン氏は言う。コレクター市場は今や上昇傾向にあるものの、メジャーなオークション・ハウスによる近年のワインオークションでは、さほど成果が上がらず苦戦を強いられており、熱心なコレクターでさえ自らの反省点を振り返ったり熟慮したりすることに時間をかけている。「香港の個人顧客市場は、グローバル市場が不安定になってきている昨今の情勢を受けて、近年では勢いを失いつつある」とブルゴーニュワインのスペシャリストGoedhuis & Co香港シニア・セールス・マネージャーのカロリーヌ・キューは言う。個人消費者は、今や必要以上の金額を支払っていないかどうか警戒しながら財布を開いている。贅沢に飾り立てられた高級ワインの直販店が街に溢れ返っているのを尻目に、殆どのコレクターは、香港の法外とも言える店舗家賃が反映された小売店価格でワインを購入するよりも、ワイン商社から直接ワインを買い求める動きが主流になりつつある。

従来の通説からの離脱

その一方で健全なミッド・マーケット(中級品市場)の発展は、今やそれ自体がトレンドになりつつある。僅か5年ほどの間に、ワインへの興味関心は、高級ワインの領域から、より幅広い大衆向けのワインへとトリクルダウン方式で浸透していった。Nimbilityのブランディング・コンサルタントを務めるフランチェスカ・マーティン氏曰く、今の若い消費者層は、ユニークな商品を求めている。例えば、知名度の低い産地から産するワインや、マイナーな葡萄品種や醸造手法から作られるワインなどが、親世代の飲む有名ブランドのワインよりも若者に人気があるのだと言う。また、日中は珈琲ショップを営み、週に3日は夜間にオーガニックワイン・バーをオープンしているDetourのように従来の慣習にとらわれないカジュアルな試みが好まれ、トレンド化しつつあり、従来のワインバーよりも多くの顧客を集客している。

高級ワイン・インポーターのCork Cultureの経営者イアン・ウォン氏もこの意見に賛同する。同氏は、昨今スキンコンタクトを経たワインへの関心が高まっていると見ている。恐らくは、収集価値のあるブルゴーニュワインの人気が上昇した結果、中級品市場においてもピノ・ノワールへの「飽くなき需要」が高まってきている。しかしながら、従来の選択肢に取って代わる商品に対するこのような需要の高まりは、依然として、クラフト・ビールや日本酒、高級スピリッツなどの競合商品においても同様に利益をもたらしている。ワイン・インポーターの中には、特にスピリッツなどワイン以外の酒類に商品ラインナップを拡大している輸入業者もいるとNimbilityのマーティン氏は言う。

香港のワイン市場では、食が鍵を握ると言われている。フード・ペアリングは、ワインの輸入業者や生産者が長年にわたって追求してきた路線ではあるものの、今のところ、まだほんの限られた成果しか収めていない。サマーゲート香港&マカオの営業部長サブリナ・ホスフォード氏は、一般的に繊細な広東料理と抜群の相性を持つとされるリースリングが、ようやく市場を牽引しつつあると見ている。ワインと食の相性を示すフード・ペアリング・メニューは、ソムリエの世界ではまだ十分に活用されていないツールの1つだが、近年かつてないほどに需要が高まりつつあるとペニンシュラ・グループのラドゥルビチ氏は言う。

HAKUのようにジャンルを問わない新しいタイプのアジア料理やアジアの多国籍料理レストランは、MoyoやUma Nota、老舗のYardbirdといった、よりカジュアルなテイストを持つレストランと並んで、太みのある力強い味わいのワインを従来では考えられなかった型破りなフード・ペアリングで提供している。ジェームズ・サックリンが高いスコアを付けたトップ500のワインを紹介するジェームズ・サックリン・ワイン・セントラルは、韓国料理のようにワインとペアリングするのが極めて難しいとされていたアジア料理と世界のアイコンワインを上手くマッチさせるこのような試みを新たな極致として捉えている。HAKUのソムリエ、ウォレス・ロー氏によると、「個別に」提案できるワインメニューの選択幅が広がったことと、食事をしに訪れた客が「ソムリエを利用する」ことに従来よりも慣れてきたことで、仕事の面白さが倍増したと言う。

規制の少ない香港のワイン市場では、ワイン・インポーターのビジネスの大半が消費者に直接向けられるようになってきており、その規模は、他所に類を見ない。デブラ・マイバーグの香港ワイン貿易ガイド2012年版によると、輸入業者が販売するワインの売上数の37%は、消費者への直販で、実に42%近くがオン・トレード(バーやレストランなどで購入する形態)で販売されていると報じられたが、おそらく直販による売上数は、2012年当時に比べて今や遥かに増加しているものと見込める。しかし、顧客が飲食店に自分のワインを持ち込むBYOB(Bring Your Own Bottle)の動きが今や各所で広く受け入れられているため、インポーターから消費者に直販で売られるワインの多くは、いまだにレストランで飲まれている。これにより、店側は少なくともワインの栓抜き料を稼ぐことが出来る。しかし、いまや至るところで散見されるようになったBYOBは、ワインバー文化の発展を阻害しかねない。例外は、自然派ワインのバーとして妥協のないサービスを提供するLa Cabane a Vinやフレンチワインについて豊富な知識を有するLQVなどといったほんのいくつかの老舗のワインバーのみである。

更なる落ち込み

エントリーワインの市場は、恐らくここ近年で最もダイナミックな変化が起こっていない領域と言えるだろう。スーパーマーケットなど大衆市場向けの販売経路に関しては、これと言って大きな変化がない。これは、おそらく香港のスーパーマーケット市場が2社独占の形で本質的に安定を保っていることが原因と思われる。勿論、ワトソンズ・ワインのオーナーであるParknShopがDairy Farmよりもワイン販売により力を入れていることは明白ではある。現在、中国本土で大きな話題を呼んでいるEコマースは、クリュ(旧称Slurp.asia)、ワインビュー、ワイン・ダイレクトなどEコマースへの新規参入に成功した一握りの事業者を尻目に、香港市場ではそれほどの影響力を呈していない。一方で、中国のEコマース大手のJD.comとアリババは、自らのワイン事業において香港市場を注視していない。これは、住民の殆どがワインショップの目と鼻の先に住んでいるためではないかと多くの人間が推測しているが、これに対する明確な答えは、依然として掴みどころがない。

要約すると、収集価値のあるフレンチワイン一辺倒だった香港のワイン市場は、ここ数年間のうちにより活気のある持続可能な市場へと成長を遂げつつある。ワイン貿易に携わる多くの人々がこの変化を喜ばしいものとして歓迎し、香港がいつの日か世界的なワイン都市となる日が来るという10年前の約束がついに果たされつつあると見ている。

Meiningers's Wine Business Internationalより